相続発生後、「遺言書があるから大丈夫」と安心していた家族が、条項の曖昧さや法的知識不足から思わぬ争続(争い続ける相続)に巻き込まれるケースは少なくありません。本来、遺言書は残された家族を混乱や紛争から守り、故人の意思を尊重して財産を承継するためのものです。ここでは、①曖昧な文言によるトラブル事例、②条項表現をクリアにするコツ、③付言事項の活用法、④遺留分への配慮──という4つの柱を軸に、争続を未然に防ぐためのノウハウを徹底解説します。


1.曖昧な文言による争続トラブル事例

遺言書の最も大きな落とし穴は、「誰が何をどのように受け取るか」が特定できず、相続人間で解釈が分かれて争いになることです。以下は実際に起きたケースの一部です。

1-1 「自分の介護を最もよくしてくれた人に全財産を遺す」と書いた遺言

  • 背景:被相続人は病気を患っており、そのため自分の介護をよくして欲しいがためにこのような文言を遺した。
  • 問題点:「介護をよくしてくれた人」が抽象的すぎて判断基準も誰がするのか不明。

1-2 「土地をAに譲る」と書いた遺言

  • 背景:郊外に土地を複数持つ被相続人が、土地を特定せずに娘Aに遺贈。
  • 問題点:どの土地か分からず、娘Aと弟Bが対立。
  • 結末:結局、遺産分割協議にて遺産を分割。遺言者の想いは叶わず。

1-3 「預金残高の半分をCに」と書いた遺言

  • 背景:銀行預金のみを主財産とする被相続人が、「預金残高の半分をCに」という条項を記載。
  • 問題点:預金残高は日々変動するため、遺言作成時点か相続発生時点のどちらを基準にするかで相続人が対立。
  • 結末:銀行での残高推移証明を取得し、双方の言い分を照合したうえで調停が成立。銀行手数料や専門家報酬が遺産から支払われ、実質的に財産価値が目減りした。

1-4 遺言で遺留分を無視した遺贈

  • 背景:子どもに遺産を残したくないという離婚した前夫が、後妻の配偶者に全財産を遺贈。
  • 問題点:子どもには民法上の遺留分があり、この遺言は明らかに遺留分を侵害。
  • 結末:子どもが遺留分侵害額請求を行い、最終的に法定相続分に近い分割比率で遺留分が確保された。結果として、遺言者の意思どおりに遺贈できず、さらに家族間に深い溝を残した。

以上の事例に共通するのは、「誰に/何を/どのように/いつ基準で」という情報が不足・曖昧だった点です。これを防ぐには、次章以降で示すクリアな条項設計のコツが必須となります。


2.条項表現をクリアにする7つのコツ

争続を防ぐため、遺言書では“誰が読んでも同じ意味しか読み取れない”表現を心がけます。以下の7つのテクニックを駆使しましょう。

2-1 呼称は「氏名+続柄+生年月日」で特定

  • 曖昧な「長男」「次女」は避け、
    例:「被相続人の長男、甲太郎(平成3年5月10日生まれ、実子)」
  • 養子や重婚関係などがある場合も、戸籍上の続柄を明記することで「誰か」を一義的に決定できます。

2-2 不動産は登記事項証明書情報+別紙図面で特定

  • 抽象的な「実家の土地」ではなく、
    • 法務局謄本の地番・地目・地積
    • 登記事項証明書の写し番号・発行日
    • 別紙「土地図面」(写し)とリンク
      例:「別紙『土地図面1』(登記事項証明書写し第123456号)記載の地番○○番地、地目:宅地、地積:150.00㎡」

2-3 預貯金・証券は「金融機関名・支店名・口座番号・名義」で特定

  • 「銀行の口座」とだけ記載すると複数口座がある場合は特定不能に。
    例:「△△銀行□□支店 店番123 普通預金 口座番号0001112 口座名義:甲太郎」

2-4 金額・割合は「具体的数値+基準日時」を併記

  • 「全財産の3分の2を…」では基準が不明。
  • 例:「令和5年12月31日終値時点における被相続人の財産総額5,000万円を基準に、その3分の2にあたる3,333万3,333円を乙に遺贈する」

2-5 条件・期限は条項内で箇条書き整理

  • 条件付き遺贈は、(1)(2)のように要件を列挙
  • 例: 第6条 学資援助 (1)令和11年3月31日までに国内4年制大学を卒業した場合に限る (2)卒業証明書を提出した日から1ヶ月以内に100万円を支給する

2-6 別紙・付属資料を「本遺言書の一部」と明記

  • 図面や財産目録を添付するなら、
    例:「別紙『財産目録』(作成日:令和5年6月1日、作成者:行政書士吉田克久)は本遺言書の一部とする」
  • 添付資料の頁数・ファイル名も漏れなく記載。

2-7 図表や目録で「視覚的にイメージ」させる

  • 分割図や一覧表を別紙で用意し、
    例:「別紙『相続財産配置図』にて各財産の配置及び番号を示す」
  • 「文章だけ」ではなく「視覚資料」を併用することで解釈のズレを限りなくゼロに近づけます。

3.付言事項で「想い」と「協力」を呼びかける

遺言書本体の条項に法的拘束力がある一方、最後のページに記す付言事項は法的効力こそありませんが、相続人の感情面に働きかけ、円満な遺言執行を後押しします。

3-1 付言事項の役割と効果

  • 遺言者の「心情」「遺言の背景」を説明
  • 相続人同士の協力や和解を呼びかけ
  • 遺言執行者への期待・感謝を表明
  • 宗教的儀式や慰霊方法の希望を伝達

3-2 記載例

  1. 家族へのメッセージ
    「わが子たちへ。幼い頃から互いに支え合って育ってきたことを心から誇りに思います。本遺言がその絆を損なわず、皆で助け合って進めるきっかけとなることを願っています。」
  2. 特定遺贈の動機説明
    「長女には、私の趣味であった絵画への理解と才能を伸ばしてほしいと思い、画材一式と作品コレクションを遺贈します。」
  3. 遺言執行者への期待
    「本遺言執行者乙には、公平中立の立場で家族の調整役を担っていただきます。どうか遺言者の意思を尊重しながら、円満な執行にご尽力ください。」
  4. 儀式・慰霊の希望
    「私の死後、○○寺にて一周忌法要を営んでいただけますようお願いします。その後、家族で墓前に集い、思い出を語り合ってください。」

3-3 書き方のポイント

  • 簡潔さ:一文を長くしすぎず、段落や箇条で整理
  • ポジティブ表現:否定語を避け、前向きな表現を
  • 条項との整合性:本体条項を裏切らない記述に
  • 番号付与:複数の付言事項には番号を振り、参照を容易に

4.遺留分への配慮で紛争を回避

遺言書を作成する際に必ず念頭に置くべき制度が「遺留分」です。法定相続人のうち、配偶者・子(および子がいない場合の直系尊属)には最低限の取り分が民法上保障されており、これを侵害すると「遺留分侵害額請求」によって遺言内容が覆されるおそれがあります。

4-1 遺留分制度の概要

  • 権利者:配偶者・子(または子がいない場合の直系尊属)
  • 遺留分割合
    • 配偶者+子:法定相続分の2分の1
    • 直系尊属のみ:法定相続分の3分の1

4-2 遺留分侵害額請求の流れ

遺留分侵害額請求は、遺言や贈与等で自分の遺留分が侵害された相続人が、その侵害分の金銭的補填を求める手続きです。大まかな流れは概ね以下の5ステップに分かれます。


(1)遺留分権利の確認・侵害額の算定

  1. 相続人の確定
    • 配偶者・子(または子がいない場合の直系尊属)が遺留分権利者。
    • 自分が該当するか戸籍謄本等で確認。
  2. 財産総額の把握
    • 被相続人の相続開始時の財産(現金、有価証券、不動産、生命保険、遺贈・贈与された財産など)を洗い出す。
    • 「持ち戻し」や「特別受益」に該当する贈与があれば加算・調整。
  3. 自己の法定相続分・遺留分割合の計算
    • 配偶者+子:法定相続分の1/2
    • 直系尊属のみ:法定相続分の1/3
  4. 遺留分侵害額の算定
    • 遺留分の総額から、既に受け取った遺贈・贈与額を差し引いた金額が「侵害額」。
    • 具体例:
      • 財産総額 1億円/配偶者+子2人の場合
      • 法定相続分:配偶者1/2=5,000万円、子各1/4=2,500万円
      • 遺留分:総額の1/2=5,000万円 → 配偶者2,500万円、子1,250万円ずつ
      • 既受遺贈額が配偶者500万円、子各0円なら、侵害額は配偶者2,000万円、子1,250万円ずつ。

(2)請求書(通知書)の作成と送付

  1. 請求書の内容
    • 「遺留分侵害額を請求する旨」
    • 請求する具体的金額(侵害額)
    • 請求先(遺贈・贈与を受けた相手)の氏名・住所
    • 財産総額と算定根拠の簡易説明(財産目録の添付が望ましい)
    • 請求期限(例:請求書到達後2週間~1ヶ月以内の回答を求める)
    • 振込先口座情報
  2. 送付方法
    • 書留郵便(配達証明付)で送るのが一般的。
    • 相手に到達した事実を証拠化し、後の調停・訴訟に備える。
  3. 添付資料
    • 財産目録(相続財産の内訳)
    • 遺言書写し/遺贈契約書等のコピー
    • 戸籍謄本(自分の相続人資格を示す)

(3)当事者間の協議・交渉

  1. 協議の場を設定
    • 請求先と請求者の話し合い。法律専門家(弁護士や司法書士)を同席させてもよい。
  2. 交渉ポイント
    • 算定根拠の詳細(贈与の時期や価値評価方法)
    • 分割払いや支払時期の調整
    • 代償分割として不動産や株式を充てる場合の評価・移転手続
  3. 合意成立
    • 支払方法・期日・分割払いの有無などを合意書にまとめる。
    • 金銭以外での調整(不動産譲渡など)も可能。
  4. 協議不成立の場合
    • 次のステップとして家庭裁判所への調停申立を検討。

(4)家庭裁判所での調停/審判

  1. 調停申立(調停前置主義)
    • 相手方の住所地を管轄する家庭裁判所へ「遺留分減殺請求調停」を申立。
    • 申立に必要な書類:申立書、請求書写し、遺言書写し、財産目録、自身の戸籍謄本など。
  2. 調停期日
    • 調停委員2名+裁判官または調停委員長の三者で進行。
    • 双方が主張と証拠を説明し、話合いで解決を目指す。
  3. 調停成立
    • 合意内容を「調停調書」に記載。
    • 調停調書は確定力があり、履行が担保される。
  4. 調停不成立 → 審判へ
    • 調停が不成立の場合、家庭裁判所が当事者の主張・証拠をもとに「審判」を下す。
    • 審判に不服があれば、審判書受領後2週間以内に異議申立てが可能。

(5)履行とアフターケア

  1. 支払い・移転の実行
    • 調停調書・審判書で定めた期日・方法に従い、現金振込や財産移転登記を行う。
  2. 完了報告
    • 履行完了後、相手方に完了報告書を送付。
    • 必要に応じて調停調書への「履行証明」を求める。
  3. トラブル防止策
    • 分割払いの場合、分割払合意書を公正証書にしておくことで、万一不履行の場合に強制執行が可能。
    • 調停調書に「履行完了後の第三者証明(登記簿謄本や通帳写しの提出)」を定めておく。

(6)重要な留意点

  • 請求期間
    • 遺留分減殺請求権は原則として、相続開始および遺留分侵害を知った時から6か月以内、かつ相続開始から1年以内に行使しないと時効となります(民法第1048条)。
  • 証拠の整理
    • 財産評価の根拠となる資料(取引明細、登記簿、鑑定評価書など)は請求前に揃えておきましょう。
  • 専門家の活用
    • 算定方法や調停書作成、調停期日の運営には弁護士が強い味方となります。行政書士や司法書士にも一定の支援業務が可能です。

以上が、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)の基本的な流れです。相続人の権利保全とトラブル回避のため、期限と手続きをしっかり押さえ、必要に応じて専門家に相談しながら進めることをおすすめします。

4-4 遺留分トラブルを未然に防ぐ方法

  • 遺留分を侵害しない遺言構成:法定相続分の2分の1以上の取り分を確保
  • 遺留分分配表の添付:別紙で法定相続分・遺留分・遺言分を比較
  • 代償分割の条項:不動産を取得する相続人が現金で他の相続人に代償金を支払う旨を明記
  • 付言事項で遺留分配慮の理由を説明:納得感を高めて請求抑止
  • 専門家注記:行政書士による遺留分計算書を目録として添付し、根拠を示す

5.争続防止チェックリスト

ポイント確認内容
呼称特定氏名/続柄/生年月日の記載があるか
不動産特定地番・地目・地積・登記事項証明書番号+別紙図面があるか
口座・証券特定金融機関名・支店名・口座番号・名義/銘柄・口座番号があるか
金額・割合基準日時基準日時と具体的数値の併記
条件・期限箇条書きで整理し、証明方法・期限が記載されているか
別紙資料の一体化別紙を「本遺言書の一部」と明記
付言事項メッセージ・動機・協力要請・儀式希望が適切に記載されているか
遺留分配慮法定相続人の分担比率・遺留分割合の検証/分配表の添付
遺言執行者権限・責務執行者の権限(口座解凍・登記手続等)と責務が明確か
専門家レビュー行政書士によるドラフトチェック
定期見直し家族構成・資産状況の変化に応じ、3~5年ごとに更新

6.まとめ

遺言書は「最後のメッセージ」であり、家族の未来を設計する大切なツールです。曖昧な文言や法的配慮の不足が争続の火種となる一方、クリアな条項設計、心のこもった付言事項、そして遺留分への十分な配慮があれば、故人の意思を尊重しつつ円満な相続手続きを実現できます。

次回(第8回)は「遺言執行者の選び方と役割─ あなたの意思を確実に届けるために」をお届けします。執行者に求められる資質、報酬設定、具体的な手続フローからトラブル防止策まで、実務の最前線で培ったノウハウを余すところなく解説しますので、どうぞご期待ください。

――行政書士吉田克久事務所 公式ブログ「遺言書初心者向け10回シリーズ」第7回終了――