遺言書は、あなたの「最後の意思」を形にする大切な文書です。しかし、遺言書を書いただけでは、その内容が自動的に実現されるわけではありません。実際には、遺言の内容を具体的な手続きに落とし込み、相続人や関係者に確実に届ける役割を担う人物が必要です。それが「遺言執行者」です。

今回は、遺言執行者の基本的な役割から、選任方法、就任承諾の重要性、そして実務上の注意点まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。

1.遺言執行者とは

1-1. 法律上の位置づけ

民法第1012条では、遺言執行者は「遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定められています。つまり、遺言執行者は単なる「お手伝い役」ではなく、法律上の権限と責任を持つ立場です。

1-2. 主な職務内容

遺言執行者の業務は、遺言の内容や財産の種類によって異なりますが、一般的には以下のようなものがあります。

  • 相続財産の調査・目録作成
    財産の全体像を把握し、相続人や関係者に開示します。
  • 債務の弁済
    借金や未払い金があれば、相続財産から支払います。
  • 遺贈の実行
    特定の人や団体に財産を渡す手続きを行います。
  • 不動産の名義変更
    登記申請を行い、所有権を移転します。
  • 相続税申告のサポート
    税理士と連携し、期限内に申告・納付を行います。

1-3. 遺言執行者が必要なケース

すべての遺言に遺言執行者が必要なわけではありませんが、次のような場合は特に重要です。

  • 未成年の認知や相続人の廃除など、身分行為を含む遺言
  • 複数の不動産や金融資産があり、手続きが煩雑な場合
  • 相続人間の関係が複雑で、紛争の可能性がある場合
  • 遺贈や寄付が含まれる場合

2.選任方法と就任の承諾

2-1. 遺言書での指定

最も確実なのは、遺言書の中で遺言執行者を明記する方法です。
記載例:

第○条 遺言執行者として、○○(住所・氏名)を指定する。

このように明記しておけば、相続開始後に家庭裁判所での選任手続きを省略できます。

2-2. 生前の承諾取得

遺言執行者に指名する予定の人には、必ず生前に承諾を得ましょう。承諾は口頭でも可能ですが、書面で残すことが望ましいです。承諾書には以下を記載します。

  • 遺言執行者として就任する旨
  • 報酬や実費負担の取り決め
  • 就任辞退ができる条件(健康悪化など)

2-3. 家庭裁判所による選任

遺言書に遺言執行者の指定がない場合や、指定された人が辞退・死亡した場合は、相続人や利害関係人が家庭裁判所に選任申立てを行います。
この場合、希望通りの人物が選ばれない可能性もあるため、遺言書での事前指定がベストです。

3.実務上の注意点

3-1. 信頼性と専門性のバランス

遺言執行者は、相続人全員から信頼される人物であることが大前提です。親族を選べば意思疎通はしやすいですが、法律や税務の知識が不足することもあります。逆に専門家(行政書士・司法書士・弁護士など)を選べば手続きは安心ですが、報酬が発生します。

判断基準の例:

  • 財産の種類と規模(不動産・株式・海外資産など)
  • 相続人間の関係性(対立の有無)
  • 手続きの複雑さ(登記・税務・債務整理など)

3-2. 報酬の取り決め

遺言執行者の報酬は法律で明確に定められていません。一般的には、財産額や業務量に応じて「相当額」を支払います。生前に報酬額や支払い方法を合意しておくと、相続人間のトラブルを防げます。

3-3. 複数執行者の可否

遺言執行者は複数人を指定することも可能です。
メリット:相互チェックによる透明性向上
デメリット:意思決定に時間がかかる、調整コスト増

複数指定する場合は、役割分担や意思決定方法を明記しましょう。明記していない場合、保存行為以外は原則として執行者の過半数で決定することとなります。遺言執行者の職務の執行を円滑に進めるためには、遺言書に「各執行者が単独で執行できる」旨を明記することが大切です。

3-4. 権限の明確化

遺言執行者の権限は法律で定められていますが、遺言書で具体的に補足しておくと実務がスムーズです。
例:「不動産の登記申請に関する一切の権限を有する」など。

3-5. トラブル防止策

  • 相続人全員に遺言執行者の指定と承諾済みであることを共有
  • 候補者の健康状態や生活環境の変化を定期的に確認
  • 遺言書の保管場所とアクセス方法を明確化

4.まとめ

遺言執行者は、あなたの意思を現実の手続きに変える「実行部隊」です。信頼できる人物を選び、生前に承諾と条件を取り決め、遺言書に明記することが、遺言の実現性を大きく高めます。

次回は、第9回「遺言の見直し・撤回─人生の節目で何を変えるべきか」となります。